2008年05月08日

道徳。

習いましたね!

道徳(どうとく)や倫理(りんり) 、あるいはモラルとは、社会や共同体において習慣の中から生まれ、通用するようになった規範のことである。法律などの規則とは意味合いが異なる。社会的習慣や礼儀・作法もその範疇にあるとされ、自然発生的な教えが多く、明確な定義はない。道徳や倫理について分析し、考察をおこなう学問分野を倫理学という。

地域・時代に応じて異なり、社会的影響を受け変化する場合がある。また、多くの宗教の教えと重なる部分が多い。異なる社会や共同体では異なる倫理・道徳があることは当然であり、普遍的倫理や普遍的道徳といったものは存在しない。このことを忘れると集団的エゴイズムに陥ることになる(しかし、差別や蔑視、権力者の圧力、宗教などの洗脳による状況を引いて考える必要があり、その場合の道徳の差異は思われているほど離れているわけではない)。

「道徳を守ることは、正しいのである」と広く考えられているため、政治的に利用されやすい。為政者に都合の良い教えを道徳とし、社会的な規範とすることで人民を容易に拘束できるため、封建社会などでは領民を精神面で押さえつけることに利用された。また、近代以前の社会(特に東洋)においては法律と道徳の未分化状態が長く続いていた。

日本の道徳は、自然を愛した古代日本人の心情を基調とし、それを応神天皇の頃に伝来したと言われる論語などの言葉を当てはめ説明されるようになった。以来天皇の理想的統治形態は徳治であるとされ、それに基づく帝王教育がされてきた。また、清和天皇以降の歴代天皇は名前に「仁」の文字をもつのが慣例となった。天皇が支配の実権を失った室町時代にも世の乱れを省みない将軍足利義政に対し後花園天皇が苦言を呈したのもこの徳治主義によるものである。江戸時代には儒教のひとつ朱子学を中心に仏教や神道などの影響を強く受けて形成された。侍には武士道、商人には、商道など、身分に分かれてそれぞれ道徳が形成されていた。武士道では、「上を敬い、下を導く」と言った上下関係を重んじる傾向が強く、君に忠、親に孝を説く儒教道徳を基本とし、「努力」「忍耐」と言った修行的性格を美徳としている。曲亭馬琴の南総里見八犬伝に見られるように儒教道徳に基づく勧善懲悪思想は江戸日本人の心の基調となった。明治以降、文明開化とともに、西洋の価値観が移入され、道徳も変容した。なお、明治政府が統一国家としての共有道徳を創生しようとし、天皇制を支柱に伝統的な道徳を再構築したものが教育勅語であったが、これは終戦とともに廃止される。

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現在においても、無意識に伝統道徳にしたがって行動していると考えられており、日本人の倫理観を形成している。

日本型管理社会の形成の要因は、この道徳によるところが大きい。

英米の道徳観は、これとはかなり異なる。道徳観は、それぞれの国の文化、宗教、習俗習慣により、かなりの違いがある。

また、現在の学校教育における「道徳」の前身となるものに「修身」がある。
(以上、ウィキペディアより引用)

昔は道徳という言葉の意味もわかりませんでした。。

2008年03月24日

オステオパシー

って!?何??

オステオパシー(Osteopathy)とは1874年にアメリカミズーリ州の医師アンドリュー・テーラー・スティル(Andrew Taylor Still)によって創始された。我が国ではカイロプラクティック、スポンディロセラピーと共にアメリカ三大整体術と呼ばれている。しかし、スポンディロセラピーはすでに失われた手法であり、詳細は明らかではない。 また、オステオパシーとは、療法を指す用語ではなく、たとえば、東洋医学の中に鍼療法があるように、オステオパシー医学という医療哲学のひとつの体系のことである。従って、その意味では、オステオパシー「療法」というのは正しくない。

オステオパシーはギリシア語のOsteon(骨)とPathos(病理、治療)の2つを語源とし、日本では整骨療法と呼ばれていたこともあるが、骨のみを調整する手技とは異なり、骨格などの運動器系、動脈・静脈やリンパなどの循環器系、脳脊髄液の循環を含む脳神経系など、解剖学的あるいは生理学的な広範囲の医学知識の元に、手を使って治療を加える。現在ではオステオパシーとそのままで呼ぶ。 しかし、単なる療法ではなく、オステオパシーとは、そのままでひとつの哲学であり、1、身体全体をひとつのユニットとして考える、2,身体の機能と構造は一体のものであると考える、3、自然治癒力を鼓舞することを主眼とするなど、独特の医学体系を持つ。

歴史
スティルは南北戦争の従軍医師であったが、二人の息子と養子を次々と髄膜炎によって亡くし、自分の無力さに嘆き、それから研究を重ね10年後の1874年にオステオパシーを創始した。

元々、スティルは人体の自然治癒力を阻害している原因は骨にあるとしていたが、後に筋肉やリンパ、内臓、神経、血管等の異常を治せば自然治癒力が高まると提唱した。

当初は西洋医学からは受け入れられなかったが、多くの人に支持され、1892年にアメリカン・スクール・オブ・オステオパシーがミズーリ州に設立され、1910年に医学認可を受ける。

日本にオステオパシーが入ってきた時期は特定できないが、明治から大正にかけて伝わったとされている。日本ではオステオパシーそのものの形ではなく種々あって一つの理論がないといえる整体の一分野に形を変えて行われてきたが、戦後オステオパシー医が来日するようになり、オステオパシーが独自の手技療法として広まるようになった。
(以上、ウィキペディアより引用)

なんかマッサージの一種ですかね?それともエステ??
エステって一度行ってみたいんですよね!
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